氷上運転訓練3日目終了(@フィンランド)

氷上運転訓練の”仕上げ”とも言い得るイベントが、「ナイト・ラリー(night rally)」である。Lapland, Finlandの凍結湖面氷上特設コースは、当然ながら、公道や常設サーキットの如き照明設備を持たない。従って、夜間に氷上を走行する場合は、自車のヘッドライトの明かりのみが頼りとなるわけだが、何しろ、余程低速でグリップ走行しない限りは、普通にブレーキを踏んでも止まれないし、普通にステアリングを切っても曲がり切れない、ツルツル滑りまくるクネクネ道(コース)であるから、ドライバがヘッドライトの明かりで得られる視野の情報だけを頼りに、ある程度の(昼間の走行に近い)速度で走り抜け、タイムア・タックをする、などというのは絶対に不可能だ。

では、どうするか? 自動車競技としての「ラリー(rally)」と同様に、助手席に座ったナビゲイタが、ドライバに指示を出し、ドライバはその指示に従って、速度調節とステアリング操作を行なう、というシステムを採用するのだ。Rally競技では、予め下見走行をしながらペース・ノート(pace note)というのを作るらしい(図参照)。ダートや雪道の、連続するブラインド・コーナーを超高速で駆け抜け続けるrally競技では、ペース・ノートに基づいてナビゲイタが的確な指示を出し、ドライバはその指示を忠実にドライビングに反映させる、という作業が必須であるが、我々の暗闇の中での氷上ナイト・ラリーも、まさしくそういう競技である。

Audi Driving Experience Situation 6では、受講者2人が1組となって1台の車を交互に運転する、という形で氷上ドライビング・レッスンをすすめてきた訳だが、オヤヂは2日目以降、殆ど常に「こだま」さんをパートナーにして練習してきた。日本国内でも普段から仲好しのこだまさんとオヤヂは、氷上運転訓練でも息がピッタリ合っていた。やや過剰とも言えるダイナミックなスロットル操作を意図的に行って、派手なドリフトを繰り返し、クルマを自由に操る練習をするこだまさんに対して、慎重なスロットル操作で穏やか/滑らかなドリフトを心掛けるオヤヂは、互いの利点を素直に認め合い、パートナーのドライビングの良い点を自分のドライビングに取り入れることで、単独で練習するよりもずっと大きな学習効果をあげて来た。そこで、ナイト・ラリーでもその儘ペアとなることにし、2人でこの上なく真剣にペース・ノートを作成した。

昼間に散々走行練習をしたコースをそのまま走るのでは、いくら暗闇の中の走行とはいえ、かなり練習効果が現れてしまう可能性があるため、コース2と3を繋げた長距離コースを”逆走”する競技ルートが設定された。こだまさんとオヤヂは、日没前にその競技ルートをゆっくり走り、R3(中等度にキツイ右コーナー)、L1(緩やかな左コーナー)、St30(続いて直線20メートル)、L5SS(左のヘアピンで極度に滑り易い)、etc…という具合に、詳細なペース・ノートを作成。その上で、(未だ日没前なのでドライバ自身が広範な視野を持ってはいるのだが)本番のナイト・ラリーを想定し、ペース・ノートに基づいた”それなりの”高速試走も行ってみて、ペース・ノートの正確性と有用性を確認すると共に、我々の「勝ち」を確信したのであった。

ところが、走行直前に、こだまさんとオヤヂの脳裏を悪魔の囁きが過ぎった。「ところで、ESP (electronic stability program)はどうする?」「んー、なりふり構わず勝ちに行くなら、オンにして走ろう。」「うん、じゃあ、そうしよう。」–しかし、この決定がとんでもない過ちだったことを、こだまさんとオヤヂは競技開始後間も無く、思い知らされることになる。

「2人1組で1台の車両(当然ながら全車Audi S5 Sportback)を使用。1人目のドライバがゴールしたら、ドライバとナビゲイタは交替し、再度走行する。夜間なので、コースアウトして雪の壁にスタックしても、救出用トラクタの出動はない。従って、とある車両の1人目のドライバがコースアウトしたら、その車両は競技終了(リタイア)となり、1人目のドライバのみならず、2人目のドライバも、自動的に失格となるので、コースアウトには呉々も気をつけるように。」等々の注意を受けた後、早速競技開始。優勝候補筆頭であるこだまさんとオヤヂのペアは、こだまさんの運転で、一番最初にスタートした。LED懐中電灯で照らしたペース・ノートを淡々と読み上げるオヤヂ。それに応えて、やはり淡々と運転するこだまさん。昼間は雪煙を上げながら派手な四輪ドリフトを決めまくっていたこだまさんだが、今はESPのお陰で、殆どグリップ走行状態だ。無駄に滑ることなく、地味に効率良く、1つ1つ順番にコーナーを通過して行く。「滑らかで安定したクルマの動きだが、やや速度が低いか? いやいや、オーバースピードでコントロール不能に陥るより、押さえ気味の速度で確実に走った方がいいだろう…」などとオヤヂが考えていると、最初の難所がやって来た。「次、R3だけどSSだ(=とても滑りやすい)よ。」とオヤヂはこだまさんに伝えたが、クルマは比較的高い速度を保った侭で、キツ目で滑り易いコーナーに侵入して行く…。

「あれ? こだまさん、何でブレーキ踏んで減速しないの? あれあれ? ライン取りがおかしいよ。もっとイン(コーナー内側)に付かないと。あれあれあれ? どうしたの、クルマの向きが変だよ! 嗚呼!」というオヤヂの心の叫びが虚しく響く間に、クルマはコーナーの外側に大きく孕む軌跡を描きながら、ザザーッ、ドスン!!と雪の壁に突っ込み・乗り上げて停止した。終了。全てがあまりに呆気なく終わた。

そうなのだ、ESPがこまださんの運転操作を悉く邪魔したせいである。その瞬間迄はタイヤが路面に対するグリップ力を保っていたのに、何かの拍子に急にグリップを失ってしまった、というような状況ならば、クルマが挙動を乱すことなく、安全に走行を続けられるように、ESPは素晴らしい威力を発揮してくれる筈だ。ところが、氷上の”高速”走行のように、常にタイヤがグリップを失い続けている状況では、ESPも常に介入し続けてしまう。その結果、4輪のうち何れかの車輪には常にブレーキが掛かり、エンジンの出力は絞られてしまい、車両は運転手の意図とは無関係に、ゆっくり且つ真っ直ぐに進むように、車載コンピュータの制御下に置かれてしまうのだ。即ち、ドライバが加速したいとか曲がりたいとか考えて、それなりの運転操作を行ったとしても、その操作が結果としてクルマの動きに反映される余地は殆ど残されていない状態になる。そんな訳で、昼間はスロットル操作で荷重移動やタイヤのグリップをコントロールしていたこだまさんにとっては、自分の意図を常にESPに否定される形になって、クルマを思い通りに操るのとは対極の状況に追い込まれてしまっていたのだ。

やっぱり、セコイ事を考えて勝とうと思っても、巧く行かないんだね。半ば茫然自失の状態でオヤヂに詫び続けるこだまさんと、そのこだまさんを慰め、また走行機会喪失という想定外の出来事に遭遇した自らを慰めているオヤヂとは、身動き不能でハザード・ランプを点滅させている車内に並んで座りながら、他の競技車両が8回(ナイト・ラリー参加者は、我々2人を含めて総勢10人だったので)、脇を走り抜けて暗闇に消えてゆくのを、寂しく見送り続けたのであった。

競技終了後、Christophに無事救助して貰ったこだまさんとオヤヂは、「ESPを使ったんだって? 莫迦だねぇーっ!」とドイツ人インストラクタ達から嘲笑を浴びせられ、仲間である参加者達からは憐憫の眼差しを向けられながら、さっさと夕食を済ませ、憂さ晴らしの飲酒をするためにそそくさとバーへ向かったのは、勿論である。

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