レジ係に哀れまれた話

今夕は、ふとした思い付きで、豚の網脂(解剖学用語では「大網たいもう omentum majus」という)を使った料理がしたくなり、職場からの帰宅途中に、食料品店に寄ってみた。しかし、3軒ハシゴしてみたものの、田舎の肉屋やスーパーマーケットに高級食材(?)が置いてある由も無く、落胆しながらも折角なので他の食材を買って帰ることにした。最後に寄ったスーパーマーケットに於いて、何気なく鮮魚売場を通ると、刺身用の活帆立(ホタテ)貝や活姥(ウバ)[北寄(ホッキ)]貝が、閉店時刻間際の叩き売りとして、正価の8割引(!)程度の激安価格で売られていた。

妻は魚介類が大好物であるし、オヤヂも嫌いではないので、ホタテとウバを迷わず買い物籠に入れ、更に別の売り場へ向かった。しかし、これといってオヤヂの目を惹く食材が無い儘、いつの間にかアイスクリーム売り場に差し掛かる。すると、オヤヂの好きな会社の製品ながら、オヤヂの知らないアイスクリームが3種類置かれていた。その横には、「キャンペーン対象商品のアイスクリーム/氷菓子類を5個纏め買いすると2割引!」という札があったが、オヤヂの知らない新製品(?)は、キャンペーン対象外商品であることも判った。だが、好きなものは、例え多少高かろうが食べてみたい方だし、ましてや好物なのだけれども嘗て食べたことの無い珍しい/新しい風味なことが明らかな場合、是非とも試してみたいと思うのが人情だろう。しかも、貝を超お買い得価格で調達済なのだから、アイスクリームで少し贅沢をしても罰は当たるまい。ということで、3種類のアイスクリームを、各々妻と自分用の2個ずつの計6個、買い物籠に入れてオヤヂはレジに向かった。

レジでは、二十歳そこそこの若い女性が、手際よく貝とアイスクリームの値段をチェックし(=バーコード読取機に価格を読ませ)、瞬く間に合計金額を表示して見せてくれた。そして、手に持った財布からもたもたと現金を出し始めていたオヤヂに向かって、レジ係が気の毒そうな表情と声色で、「あのぅ、こちらのアイスは割引対象外なのですが、よろしかったでしょうか?」と訊いてきた。オヤヂは、予想外の質問の不意打ちを喰らい、一瞬返答に詰まってしまった。するとまたレジ係が、更に哀れみを増した表情で「割引商品とお取替え致しましょうか?」と訊いてくれた。彼女はどうやら、高率割引の貝類を選んで購入するようなオヤヂなのだから、アイスクリームも纏め買いで割引を受けられると思い込んでいるに違いない、と誤解したらしい。

職場や家では、単に金銭感覚がやや特殊なだけのオヤヂに向かって「金持ちはイイねェ!」と厭味を言う輩ばかりに囲まれているので、オヤヂが貧乏であることを(偶然にせよ)見抜き、哀れんでくれたそのレジ係の優しさが嬉しくて、オヤヂは思わず涙ぐみながら、「いっ、いえ、大丈夫です。」と痰が絡み掛けた嗄れ声で答えた。オヤヂの涙目を見て、哀れみの益々強く込められた眼差しを彼女がオヤヂに投げ掛けてくれたことは、言うまでもない。…帰宅すると、貝とアイスクリームを見た妻は、オヤヂの期待通りに喜んでくれた。今夜は、貧乏でもかなりの幸せを感ずることができた、素敵な夜だ。

レジ係に哀れまれた話」への2件のフィードバック

  1. 随分前のブログなんだけど、大笑いしました。
    なんか情景が目に浮かびます、、、ぷぷぷ

  2. 小生の冴えない風貌をご存知なだけに、情景
    を目に浮かべ易かっただろうと思いますが、
    笑って戴けたのなら、何よりです。

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