ウィンドウズ・キラーになり得る、とオヤヂが確信しているLinuxディストリビューションであるUbuntuを、オヤヂが7年来愛用している東芝 DynaBook SS Porgtege 3490にインストールした。
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新種ペンギンは凄い
最新号(2007年7月号)の日経Linuxに、Ubuntuという名の新しいLinuxディストリビューションが近頃巷で脚光を浴びている、とい う記事が掲載されていたので、早速我が家のPCのうち1台にインストールしてみた。結論としては、素晴らしい。漸く、Windowsに見劣りしない、そし て素人にも取っ付き易そうな、Linuxディストリビューションが出現したのだと確信し、嬉しくなった。
鯖水冷化
超久方振りにブログを書くことにした。内容は、管理人のNEWSに触れてある、”はまやさんち”運営サーバの水冷化工事について、である。
漸くMac miniでLinuxが起動した
先日来、我家のMac miniにLinuxをインストールしようと試みてきたが、ちっともうまく行かなかったので、本日はとうとう奥の手を使って、漸く無事に”Mac miniでLinux”を実現できた。
Mac miniに、なかなかLinuxをインストールできなかった最大の理由は、Mac miniのリムーバブル・メディア・ドライブの構造にある。筆者が未だMacintoshユーザだった頃は、Macのリムーバブル・メディア・ドライブには小さな”針穴”構造が備わっていて、そこに例えばゼム・クリップを伸張した針金を差し込んで強く押すと、メディアを取り出すことができたものだ。今でも一部のMacには、機械的にリムーバブル・メディアを取り出す機構があるらしいが、残念ながら Mac miniには無い。従って、メディア(我家のMac miniはスーパードライブ仕様ではないので、CD系メディアにのみ対応)を取り出すためには、MacOS-Xの稼働中に、OS上のメニューからディスクの取り出しを選択するか、ディスクのアイコンをゴミ箱に捨てるか、キーボードのF12キーを長押しするか、の何れかの方法を実行するしか手が無い。
ところが、Linuxインストール用のCDは、一般的には複数枚のディスクで構成されている。特に、筆者がもっともインストールしたかったFedora Core (現行のtestバージョンからは正式にPPCがサポートされている)は、インストールCDそのものでは起動が不能なので、別途起動用CDを用意し、それでMacを起動しておいてからインストールCDに入れ替えねばらなず、どうしてもCDを取り出す必要が生まれる。Fedora Core 4 test1のドキュメントにも謳われている通り、現在のbootable CDにはバグがあり、Mac miniでのディスク取り出しは不能である。従って、CDからのFC4インストールも不能、ということになる訳だ。
それでは、と、ネットワークに強いLinuxの特性を生かして、ネットワーク経由でのインストールを試みたが、如何に設定を変更しても、どうしてもサーバのisoファイルを認識してくれず、あえなく断念。畢竟、他のLinuxディストリビューションを選択することになってしまった。
元来、MacOS-XはFreeBSD由来であるから、同じPC-UNIX系のLinuxとは兄弟のような関係だということが出来るし、MacOS-X自体、UNIX-likeな使い方が可能なので、わざわざ苦労してLinuxをインストールすること自体が無意味だという考え方もできる。しかし、たとえそれが余り意味のないことでも、できる(可能な)ことはやってみたくなるのが人情だ。非常に高価なMacならば、折角其の侭でちゃんと使えるのだから、と思いたくもなるだろうが、DOS/V機と同じかかくなのだから、同じ使い方をしてみてもよかろう?
幸いにも、MacのCPUに採用されているPowerPC (PPC)専用に特化された、Yellow Dog Linuxというディストリビューションが存在する。現在の最新版(4.0.1)はFC2が素になっているので、FCそのものではないにしても、FCを使い慣れた筆者にとっては好都合だ。ということで、非商用版(注:商用版もある)のYellow DogをダウンロードしてCD-Rに焼き、早速インストールを試みた。結果は大成功。80GBのHDを半分の要領ずつ2つのパーティションに分け、MacOS-Xとデュアルブートにしたのだが、見事に夫々のOSで起動可能である(写真1がMacOS-Xの初期デスクトップ画面、写真2がYellow Dog Linuxの初期デスクトップ画面)。
流石に、CPUの演算速度としては不満があり、特にアプリケイションのコンパイルやリビルドを行う時は、AMD Athlon64と比べると性能差は歴然としているが、静寂性は特筆モノで、取り敢えずのデスクトップ/ワークステイションとして使用する分には、快適に使用できそうだ。
姫林檎の皮剥体験記
活路は姫林檎化?
ネットサーフィン(既に死語か?)をしていて、新しいマックが売りだされたことを知った。(例によってくだらない冗談で始めるが)勿論、ファーストフードの新メニューでもなければ、マック鈴木選手が投球フォームを改造した後に金銭トレードに出された訳でもない。カナダ原産の林檎であるMacintoshの新種のことだ、というのも嘘だ(冗句が執拗過ぎたか?)。
iPODが爆発的に売れたことで、iMacや”超高級(皮肉をたっぷりと込めて)”PowerMacシリーズの不振にも拘らず、潰れずに済んでいるアップル・コンピュータは、小型・低価格商品に活路を見出そうとしているのだろうか?新型マックはその名もMac miniで、iPODと並べて写してその小ささを強調するような写真まで出回る程、小さいらしい。まさしく姫林檎だ。嘗てアップルはMac Cubeを世に送り出して失敗しているが、今回は類似のコンセプトでも半端じゃない小ささだ。
しかも、今度の姫林檎はもうひとつ大きな特徴を備えている。Mac史上類を見ない低価格で販売されているのだ。基本本体価格は税込みで6万円を切っているので、DOS/V機と充分対抗可能な価格と言えよう。オヤヂがMacユーザだった15年前は、往年のモノクロ名機のSE30から、グラフィック機能を強調した天然色Macへの移行期間で、今では信じられない低解像度(640×480)の13″CRTモニタ(しかもわざわざ「フルカラー」を強調して売られる程、画期的な高性能モニタだった)に、IIciというカラー化の”走り”の機種のセットで、軽く100万円を超える金額が必要だったが、本当にイイ物が欲しかった人々は、迷わずMacを買った(筈だ)。PC(=非Mac)ユーザには全く馴染みの無かったPostScriptインタープリタと日本語PostScriptフォントを搭載した、レイザープリンタNTX-IIJの定価が120万円から半額に再設定されただけで、「安い!」といって飛びついたような時代だった。それでもMacを買う価値があった、というのが今では信じ難い。所謂映像関係の仕事に携わる人々と、ごく一部のマニア以外は、Macintoshというパソコンがあることすら知らないのではないか?その昔は、Macにしかできない事が沢山あったが、今やWindows版しか存在しないソフトウェアというのが山程あり、書店に置かれているパソコン関係の書籍も殆どがWindows関連で、Mac関連の本はLinux関連のそれよりも少なかったりするくらいだもの。
しかし、Macの外観デザインの多くは秀逸である。SE30、Classic、iMac、iBook、Cubeのどれもが、概観ではepoch makingな存在で、”類似”(だけれどもセンスのまるで違う下品な)デザインのPCが必ず出現し、必ずある程度売れた。PCユーザ(と開発者)のMacへの密かな憧れを表す端的な例だと思う。では何故Macは売れないか?答えは簡単だ。価格/性能比が悪いからだ。どんなに概観が格好良かろうが、どんなにOSが先進的だろうが、高いものは高い。欧州の高級セダンやスポーツカーへの憧れを持つ者は多くとも、廉価なトヨタ車で我慢するのと同じ理屈だ(オヤヂも乗っているホンダ車は、性能で売れるのであるから意味が違う)。
それがだ、恰もPorscheやFerrariが日本の軽自動車ユーザ層にも手の届く価格の小型車を売り出したかの如き、低価格姫林檎が発売されたとなれば、魅力を感ずるPCユーザがいても不思議ではない。Mac OS-XはFreeBSDが元になっている、乱暴な言い方をすればLinuxとは異母兄弟のような存在なので、大いに興味を持っているのだが、LinuxディストリビューションのひとつであるFedora Coreの次期バージョン(FC4)では何とPowerPCをサポートするという噂もあるので、そうしたらオヤヂも姫林檎を手元で何個か栽培してみたい気がしてきたりするのだ。
クラッカー
酒好きのオヤヂは、肴としてクラッカー(菓子)をよく食べる、という話ではない。酒好きのオヤヂは、宴会も好きで、宴の会場ではクラッカー(爆竹)をよく鳴らす、という話でもない。他人のコンピュータへの不正進入を試みる悪者の話である。
ウェブサイトの表紙
昨日から今朝に掛けては、このウェブ日記の管理ソフトであるP_BLOGがまともに動くようにするために、随分と苦労をした。が、実を言うと、その苦労(Apache, MySQL, PHPのコンパイル/インストール/設定)が報われれば、一石二鳥になる可能性があったからこそ、頑張ってしまったのだ。